2012年05月20日
心の声 07 金城 幸政
心の声 07 金城 幸政
これまでのレッスンを通して、心の声を 聴くためのステップを 理解出来ましたか?
思考の声、感情の声、心の声、その違いが 解り始めましたか?
もう一つの事例を 参考に これまでの まとめをしましょう。
私が 友人を 旅行に誘った時のことだった、
「Mくん 一緒に 旅行に行かないかい?」
Mくんは 答えた、
「旅行に 行きたいのも山々ですけど、なかなか時間が 無くて、、、」
私は 時間は ある、無い の問題ではなく、
造るものだと 言った
するとMくんは、
「時間は まぁ やり方によっては 何とかなりそうですが、
実は 給料前で 経済的に ちょっと無理がありますよ」と答えた、
再び 私は 言った、
時間も お金も やはり造るものだと、
Mくんは 続けた、
そう言ったって 時間も お金も そんな簡単なことではないですよ」
さて この 対話は、私と Mくんの間で なんと 15年間も続いた、
そして 15年間もの間 彼は 旅行を 一度も 叶えなかった。
だが、彼が 彼自身の 心の声を 聴き、
私の意図する対話の声が 届いた時
彼は、時間も お金も 無い条件の中、
近場の旅行ではなく 沖縄から 北海道への旅行を 難なく 叶えたのだった。
さて、15年もの間 考えて 旅行に行くキッカケを 一度も掴めない 彼が
たった一度 心の声を聴くだけで 何故 旅行を叶えたのだろうか?
まず、心の声、2 で伝えた様に
人間の脳は 愉快な時に 使われている部位と、
不快な時に 使われている部位は 異なることを説明した、
だから、私は 彼の反応する 脳の部位を 意図的に 愉快脳に なるよう仕向けた、
次に、心の声、3 で伝えた様に
身体、心、思考、言葉、行動、論理、感情、直感は、精神によって統合されていることを 説明した、
だから、私は 精神的な作用を活発になるように 働きかけた。
そして ここからが 決定的な違いを 生んでしまうところだが、
心の声5 では、「受け身の感情」「気分的 感情」の話しをした、
この 受け身の感情というのは とてもシンプルなことだが、
受け身なので、限りなく100%に近い確率で 「条件反射」をしてしまう、
だから 旅行に行くにも 時間と お金があれば という条件に 縛られた 思考体系をする
おまけに、時間と お金さえ あれば 旅行に行けるのに という「のに感情」付きになる、
私は 受け身の感情を 活動的 感情に なるように キッカケを与えた。
愉快脳と 不快脳の 使っている部位の違い、
感情に対する反応ではなく、
精神的な力を 使うコツ、
そして 受け身の感情、(受動性の感情)から 積極的感情、(活動性の感情)への シフト、
私は Mくんに これらのプロセスを シンプルに 与えただけである。
心の声は、このシンプルな プロセスを 通して 誰の人生にも 取り戻せるものだ、
さてさて 皆さん、トライしてみてはいかが かな?
これまでのレッスンを通して、心の声を 聴くためのステップを 理解出来ましたか?
思考の声、感情の声、心の声、その違いが 解り始めましたか?
もう一つの事例を 参考に これまでの まとめをしましょう。
私が 友人を 旅行に誘った時のことだった、
「Mくん 一緒に 旅行に行かないかい?」
Mくんは 答えた、
「旅行に 行きたいのも山々ですけど、なかなか時間が 無くて、、、」
私は 時間は ある、無い の問題ではなく、
造るものだと 言った
するとMくんは、
「時間は まぁ やり方によっては 何とかなりそうですが、
実は 給料前で 経済的に ちょっと無理がありますよ」と答えた、
再び 私は 言った、
時間も お金も やはり造るものだと、
Mくんは 続けた、
そう言ったって 時間も お金も そんな簡単なことではないですよ」
さて この 対話は、私と Mくんの間で なんと 15年間も続いた、
そして 15年間もの間 彼は 旅行を 一度も 叶えなかった。
だが、彼が 彼自身の 心の声を 聴き、
私の意図する対話の声が 届いた時
彼は、時間も お金も 無い条件の中、
近場の旅行ではなく 沖縄から 北海道への旅行を 難なく 叶えたのだった。
さて、15年もの間 考えて 旅行に行くキッカケを 一度も掴めない 彼が
たった一度 心の声を聴くだけで 何故 旅行を叶えたのだろうか?
まず、心の声、2 で伝えた様に
人間の脳は 愉快な時に 使われている部位と、
不快な時に 使われている部位は 異なることを説明した、
だから、私は 彼の反応する 脳の部位を 意図的に 愉快脳に なるよう仕向けた、
次に、心の声、3 で伝えた様に
身体、心、思考、言葉、行動、論理、感情、直感は、精神によって統合されていることを 説明した、
だから、私は 精神的な作用を活発になるように 働きかけた。
そして ここからが 決定的な違いを 生んでしまうところだが、
心の声5 では、「受け身の感情」「気分的 感情」の話しをした、
この 受け身の感情というのは とてもシンプルなことだが、
受け身なので、限りなく100%に近い確率で 「条件反射」をしてしまう、
だから 旅行に行くにも 時間と お金があれば という条件に 縛られた 思考体系をする
おまけに、時間と お金さえ あれば 旅行に行けるのに という「のに感情」付きになる、
私は 受け身の感情を 活動的 感情に なるように キッカケを与えた。
愉快脳と 不快脳の 使っている部位の違い、
感情に対する反応ではなく、
精神的な力を 使うコツ、
そして 受け身の感情、(受動性の感情)から 積極的感情、(活動性の感情)への シフト、
私は Mくんに これらのプロセスを シンプルに 与えただけである。
心の声は、このシンプルな プロセスを 通して 誰の人生にも 取り戻せるものだ、
さてさて 皆さん、トライしてみてはいかが かな?
2012年05月19日
「天才」と創る「心の機能」!その前に
「天才」と創る「心の機能」!その前に
感じることなくして何かを受け入れることや理解することは、むずかしい
まさに、そうなんです。
そこで前回の「三つ子の魂 百まで」のポイントは?
母親が楽しんでスキンシップをするでした。
そこをふまえて、今回のYouTubeを見てください(^^)
感じることなくして何かを受け入れることや理解することは、むずかしい
まさに、そうなんです。
そこで前回の「三つ子の魂 百まで」のポイントは?
母親が楽しんでスキンシップをするでした。
そこをふまえて、今回のYouTubeを見てください(^^)
2012年05月18日
親になること 宮良 幸美
親になること 宮良 幸美
今週のブログは「母の日」特集ということですので、
私も「おかあさん」ということについて書いているんですけど、
このテーマで小堀さんが「今週は母の日特集書こう!!!」と声を高らかに満面の笑みで言った時
「・・・・・・イメージ無い」とフリーズしてしまいました。
普通に女の子は、大きくなったら「お母さんになって・・子供は、何人いて」という理想を持ちます。
でも、私の場合は一緒になんでも出来る「仲間同士」以外無いじゃない!!
お母さんのイメージって無いよ~と思ったのです。
でも、それも私の「聞き方」の問題ですよね。
以前、金城先生から「クレーム」についての話を聞いた時、これはいいけど、これはダメでしょというように
クレームにもいい悪いがあると勝手に判断していると分かりました。
これが、親子の間の他愛もないクレーム、苦情だったらそこまで問題にはなりませんが
もし、企業内、仕事・職場で起こったクレームならどうでしょう。
それこそクレーム自体のイメージが「改善案」に聞こえるのか苦情に聞こえるかで
大きなトラブルになることもあるのです。もしかすると莫大な損失を会社に与える可能性だってあるのです。
ところで、親子間に話を戻すと・・・
いちいち「イメージ無いよ~」と落ち込むところでも無いんですよ。
無かったらどうしたいのかな~と自分に聞いてみればいいだけなのですよね。
私の子供たちはもう末の息子が中学生になり、上は成人しています。
振り返ってみれば「イメージがない」と思っていたのに「母親として」という立場でなく
親と子という仲間同士のイメージだったなと思い出したんですね。
それが、私のお母さん像だったのだなって。
なんでも話せて、なんでも一緒で、楽しく笑って、いろんなことを共有できる。
でも、周りの親兄弟から言わせれば「あんた、ちょっと厳しくない?」という印象だったようです。
ちょっと反省。
厳しいというのは人それぞれ基準があるような気がしますが、私の場合は
人としてやっちゃあいかんだろ!というのが基準。礼儀や道理の部分ですかね。
そういうことが起きた場合は、肚をすえて向きあうようにしている。
そして、自分のことは自分で!生きる力をつけるのが家庭なので、
仲間同士というだけではない部分では譲れないところ。
だから、子供たちは自分のことは自分でするということを基本にしている。
ここの大事な部分は「EnRich」にも載っているので読んでくださいね。
今週のブログは「母の日」特集ということですので、
私も「おかあさん」ということについて書いているんですけど、
このテーマで小堀さんが「今週は母の日特集書こう!!!」と声を高らかに満面の笑みで言った時
「・・・・・・イメージ無い」とフリーズしてしまいました。
普通に女の子は、大きくなったら「お母さんになって・・子供は、何人いて」という理想を持ちます。
でも、私の場合は一緒になんでも出来る「仲間同士」以外無いじゃない!!
お母さんのイメージって無いよ~と思ったのです。
でも、それも私の「聞き方」の問題ですよね。
以前、金城先生から「クレーム」についての話を聞いた時、これはいいけど、これはダメでしょというように
クレームにもいい悪いがあると勝手に判断していると分かりました。
これが、親子の間の他愛もないクレーム、苦情だったらそこまで問題にはなりませんが
もし、企業内、仕事・職場で起こったクレームならどうでしょう。
それこそクレーム自体のイメージが「改善案」に聞こえるのか苦情に聞こえるかで
大きなトラブルになることもあるのです。もしかすると莫大な損失を会社に与える可能性だってあるのです。
ところで、親子間に話を戻すと・・・
いちいち「イメージ無いよ~」と落ち込むところでも無いんですよ。
無かったらどうしたいのかな~と自分に聞いてみればいいだけなのですよね。
私の子供たちはもう末の息子が中学生になり、上は成人しています。
振り返ってみれば「イメージがない」と思っていたのに「母親として」という立場でなく
親と子という仲間同士のイメージだったなと思い出したんですね。
それが、私のお母さん像だったのだなって。
なんでも話せて、なんでも一緒で、楽しく笑って、いろんなことを共有できる。
でも、周りの親兄弟から言わせれば「あんた、ちょっと厳しくない?」という印象だったようです。
ちょっと反省。
厳しいというのは人それぞれ基準があるような気がしますが、私の場合は
人としてやっちゃあいかんだろ!というのが基準。礼儀や道理の部分ですかね。
そういうことが起きた場合は、肚をすえて向きあうようにしている。
そして、自分のことは自分で!生きる力をつけるのが家庭なので、
仲間同士というだけではない部分では譲れないところ。
だから、子供たちは自分のことは自分でするということを基本にしている。
ここの大事な部分は「EnRich」にも載っているので読んでくださいね。
2012年05月17日
お母さんと呼ばれて 小堀 美奈子
お母さんと呼ばれて 小堀 美奈子
13年前、産科へ いったあの日
「妊娠しています。おめでとうございます」
と言われた私は、その場で号泣していました。
電話で妊娠をしたことを主人に伝えようとしましたが
泣き声になって言葉がでなかったのです。
今ならその理由がわかります。
私が小さい頃、一番なりたかったのは
キャビンアテンダントやキャリアウーマンなんかではなく
「優しいおかあさん」だったのです。
ままごとでも、くまのぬいぐるみに名前をつけて
ずっと抱っこしていました。
優しいことばをかけていました。
価値観を見直して、自分の本音を見直していくと
「優しいおかあさん」だったのです。
自分でも驚きました。
妊娠した時に一番驚いたことは
「命を育んでいく」というこんなにも大切なことを
誰からも、どこからも 学びもせずに
人を育てて行くということに突入していくことでした。
親になること、いのちを育てて行くことは
因数分解や 家庭科で料理を学ぶこと以上に
何よりも優先して 学校で学ぶべきことだと
そんなことを学びもせずに親になるなんて
とても驚きました。
荒波に放り込まれた感覚でした。
実感するということは、本当に凄いことです。
妊娠して初めて「命を育んでいく」という
「小さな命」に対する責任を自分のこととして
リアリティを持って実感したのです。
つづく・・・
実は、これ、EnRich記事なんです(^^)
続きは、EnRichで♪
2012年05月16日
母の日に想ったこと 島崎 雅子
母の日に想ったこと 島崎 雅子
母性愛というものが、ずっとわかりませんでした。
過去形で書くと、今はわかってる人みたいですね。たぶん今もです。
私には、もうすぐ23歳になる息子がいます。
一人っ子なので、他の子と比較することも
ましてや他のお母さんの愛し方と比較することはできません。
でも、「この気持ちが母としての愛なのかなあ」は初めから茫漠としていました。
息子のことは大好きです。
お腹を痛めたからとか、何かに秀でているからとかではなく、
極めて単純に、人としていいヤツで、面白いし、優しいからだと思います。
彼が3歳の頃の日記にも、そんなことを書いています。
一緒にテレビを見ながら、おんなじところでウケて
「ねっ!」ってカンジで目が合う瞬間がとにかくシアワセ。みたいな。
産後、助産院ですごした約1週間の間に、雨がたくさん降りました。
ごく普通に、雨降りよりはお天気が好きな私ですが、
「これからは雨の日も好きになりそう」と、そのとき思いました。
それからずっと、雨の音が好きです。
子供は親を選んで「愛」を伝えにやってくる…。
正直、よくわかりません。
でも彼が運んできた愛は、雨音の質感を変えてしまうほどの力がありました。
「3歳までに一生分の親孝行をする」と言われるほど、
幼児の言動は愛らしく、それに触れるだけで親は癒されてしまいます。
おさな子がそれほど可愛いことに異論はありませんが、
3年ほど前だったか…こんな夢をみました。
夢の中で、息子が小学4・5年生になっています。
10年ほど過去にジャンプしているのですが、私の時間はなぜかそのまま。
久しぶりに会う10歳位の息子は、もちろん懐かしく、可愛いのですが、
同時に何とも言えない寂しさが沸いてくるのです。
「今のあの子に会うまでに、あと十年待たないといけない」と感じたから。
それが夢だとわかった時の安堵感…。
ああ、私はいつでも「今」の彼が一番好きなんだなと思うと、
その心地そのものが、とっても嬉しかったのを覚えています。
金城先生に出会ったのは、息子が成人した年でした。
親力をリアルタイムで学ぶことができなかったことは、
ため息をつくしかありません。
2月の女性フォーラムで、主催者の悦子さんから
マリアちゃんの気持ちに寄り添うことができたエピソードを聞いたとき、
自分がやってきたことの至らなさを責めるというより、
ただただ息子が可哀想で、ハンカチが絞れるほど泣きました。
「好き!」なだけの一人よがりな愛し方。
母としてのあるべき「関心」をほとんど向けたことがなかったこと。
彼はあの時も、この時も、
母の支えも理解もなしに、全部一人で乗り越えて来たこと。
途方に暮れる私に、先生がかけてくれた言葉の一部です。
ただ、あなた が在るだけで、それだけで いい
彼は だからこそ 人生、遠回りを しない
あなたも また 彼に 同じく
息子が遠回りをしないであろうことは、何となくわかります。
たぶん、彼には「かーちゃんに好かれたい」というのはあまりないでしょう。
自分が自分を叶えるため、という行動の基準は比較的明確です。
その意味では、こんなかーちゃんも意味がある!と、
自分を鼓舞しておくことにします。
かーちゃんに好かれる必要のない彼は(だって好きだし)、
お陰様で、母の日なんて覚えてたことがほとんどありません。
「ちなみに本日(日曜)、沖縄では母の日だけど、東京はどう?」と聞いたら
「え? 知らんかった。おめでとう!」とのこと。
デキはどうあれ、彼のお陰で母になれて、本当に「おめでとう」です。
単に慣れてないからだけでなく、
「ありがとう」なんて言われたら、違和感ありすぎて具合悪くになりそう(笑)
祖母が息を引き取ったとき、5年生だった息子はこう言いました。
「おばあちゃん、お母さんを産んでくれてありがとう」
それ以上にもらうべき言葉はありません。
無条件の愛を注ぐべき母は、息子にもらってばかりです。
そのスタートが、私を選んで生まれてきてくれたことだと思えば、
一生かかっても返せそうにありません。
そのあり余る愛に恩返しできるとしたら、それは
私が真の自己愛に目覚めたときだと思っています。

(生まれて初めて自分のために買ったカーネーションのアレンジメント)
* 長めのつけたし*
日曜日の夜、由亜さんから電話をもらいました
「今から金城家で母の日パーティーするけど、雅子さんもおいでよ」
早めに食事を済ませていたことや
できてない原稿が山積み(ヘンな日本語だな)なこともあって
(そう自分にエクスキューズして)お誘いを辞退しました。
このブログを読んでもらった後(火曜の朝)、金城先生が言いました。
「このこともサラッと書いといたら?」
月曜の朝も
「もう食事済んでたんだ」と聞かれました。
もちろん、食事のタイミングについての問いじゃないのはわかります。
先生が子供の頃、お母さんにカーネーションをプレゼントしたときの
そっけないリアクションについても
「え、それだけ?」みたいな、ヘンナ〜感を話してくれました。
先生のことだから、お母さんがどれだけ嬉しかったかは感じてのことでしょう。
向かいの席の恵里子さんが、自分の話を交えながら
「その時、その時にちゃんと伝えんとね」と言いました。
朝から泣いたやないかー(T_T)
理解とは、言うなれば感情の共有です。
いい按配に泣きつかれてる私に、先生の極めつけの一言がこれ。
「“みんなといても一人”ってよくあるけど
“一人でいても みんなと一緒”っていいよね~(笑)」
母性愛というものが、ずっとわかりませんでした。
過去形で書くと、今はわかってる人みたいですね。たぶん今もです。
私には、もうすぐ23歳になる息子がいます。
一人っ子なので、他の子と比較することも
ましてや他のお母さんの愛し方と比較することはできません。
でも、「この気持ちが母としての愛なのかなあ」は初めから茫漠としていました。
息子のことは大好きです。
お腹を痛めたからとか、何かに秀でているからとかではなく、
極めて単純に、人としていいヤツで、面白いし、優しいからだと思います。
彼が3歳の頃の日記にも、そんなことを書いています。
一緒にテレビを見ながら、おんなじところでウケて
「ねっ!」ってカンジで目が合う瞬間がとにかくシアワセ。みたいな。
産後、助産院ですごした約1週間の間に、雨がたくさん降りました。
ごく普通に、雨降りよりはお天気が好きな私ですが、
「これからは雨の日も好きになりそう」と、そのとき思いました。
それからずっと、雨の音が好きです。
子供は親を選んで「愛」を伝えにやってくる…。
正直、よくわかりません。
でも彼が運んできた愛は、雨音の質感を変えてしまうほどの力がありました。
「3歳までに一生分の親孝行をする」と言われるほど、
幼児の言動は愛らしく、それに触れるだけで親は癒されてしまいます。
おさな子がそれほど可愛いことに異論はありませんが、
3年ほど前だったか…こんな夢をみました。
夢の中で、息子が小学4・5年生になっています。
10年ほど過去にジャンプしているのですが、私の時間はなぜかそのまま。
久しぶりに会う10歳位の息子は、もちろん懐かしく、可愛いのですが、
同時に何とも言えない寂しさが沸いてくるのです。
「今のあの子に会うまでに、あと十年待たないといけない」と感じたから。
それが夢だとわかった時の安堵感…。
ああ、私はいつでも「今」の彼が一番好きなんだなと思うと、
その心地そのものが、とっても嬉しかったのを覚えています。
金城先生に出会ったのは、息子が成人した年でした。
親力をリアルタイムで学ぶことができなかったことは、
ため息をつくしかありません。
2月の女性フォーラムで、主催者の悦子さんから
マリアちゃんの気持ちに寄り添うことができたエピソードを聞いたとき、
自分がやってきたことの至らなさを責めるというより、
ただただ息子が可哀想で、ハンカチが絞れるほど泣きました。
「好き!」なだけの一人よがりな愛し方。
母としてのあるべき「関心」をほとんど向けたことがなかったこと。
彼はあの時も、この時も、
母の支えも理解もなしに、全部一人で乗り越えて来たこと。
途方に暮れる私に、先生がかけてくれた言葉の一部です。
ただ、あなた が在るだけで、それだけで いい
彼は だからこそ 人生、遠回りを しない
あなたも また 彼に 同じく
息子が遠回りをしないであろうことは、何となくわかります。
たぶん、彼には「かーちゃんに好かれたい」というのはあまりないでしょう。
自分が自分を叶えるため、という行動の基準は比較的明確です。
その意味では、こんなかーちゃんも意味がある!と、
自分を鼓舞しておくことにします。
かーちゃんに好かれる必要のない彼は(だって好きだし)、
お陰様で、母の日なんて覚えてたことがほとんどありません。
「ちなみに本日(日曜)、沖縄では母の日だけど、東京はどう?」と聞いたら
「え? 知らんかった。おめでとう!」とのこと。
デキはどうあれ、彼のお陰で母になれて、本当に「おめでとう」です。
単に慣れてないからだけでなく、
「ありがとう」なんて言われたら、違和感ありすぎて具合悪くになりそう(笑)
祖母が息を引き取ったとき、5年生だった息子はこう言いました。
「おばあちゃん、お母さんを産んでくれてありがとう」
それ以上にもらうべき言葉はありません。
無条件の愛を注ぐべき母は、息子にもらってばかりです。
そのスタートが、私を選んで生まれてきてくれたことだと思えば、
一生かかっても返せそうにありません。
そのあり余る愛に恩返しできるとしたら、それは
私が真の自己愛に目覚めたときだと思っています。
(生まれて初めて自分のために買ったカーネーションのアレンジメント)
* 長めのつけたし*
日曜日の夜、由亜さんから電話をもらいました
「今から金城家で母の日パーティーするけど、雅子さんもおいでよ」
早めに食事を済ませていたことや
できてない原稿が山積み(ヘンな日本語だな)なこともあって
(そう自分にエクスキューズして)お誘いを辞退しました。
このブログを読んでもらった後(火曜の朝)、金城先生が言いました。
「このこともサラッと書いといたら?」
月曜の朝も
「もう食事済んでたんだ」と聞かれました。
もちろん、食事のタイミングについての問いじゃないのはわかります。
先生が子供の頃、お母さんにカーネーションをプレゼントしたときの
そっけないリアクションについても
「え、それだけ?」みたいな、ヘンナ〜感を話してくれました。
先生のことだから、お母さんがどれだけ嬉しかったかは感じてのことでしょう。
向かいの席の恵里子さんが、自分の話を交えながら
「その時、その時にちゃんと伝えんとね」と言いました。
朝から泣いたやないかー(T_T)
理解とは、言うなれば感情の共有です。
いい按配に泣きつかれてる私に、先生の極めつけの一言がこれ。
「“みんなといても一人”ってよくあるけど
“一人でいても みんなと一緒”っていいよね~(笑)」
タグ :母の日


